N:次の誤解は?
私:「兵農分離」だな。兵農分離ではなく、信長の戦争論では「傭兵」という。信長は、津島湊と熱田湊で、海外の「傭兵」の情報を入手していた。「傭兵」に応募したのは喰いっぱぐれた次男、3男(利家は4男)。はっきり言えばホームレスだ。信長が連れてきたホームレスが城内のあちこちに野営する。浮浪児や傾奇者が雲霞の如く押し寄せてくる。「おおうつけ」のやることに顔を背ける織田家の面々。「傭兵」の理論など、その当時、誰が知ろう? 兵隊と農民を分離したのではないのだ。
●古九谷を追う 加賀は信長・利休の理想郷であったのか(幻冬舎)抜粋