古九谷を追う&古九谷を残す

週1くらいの更新になります

信長は無神論の多神教 政治家としては一神教

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私:ところで信長教には教義がないんだ。

N:政治の道具のための信長教だからですかね?

私:いや。神道にはそもそも教義がない。織田剣神社の子孫の信長ゆえに教義はつくらなかったのだ。

N:聖書のないキリスト教なんて……。

私:しかし「信長教」は「一神教」であるがゆえに絶対的な「正義」と「悪」はある。信長の「残虐性」は一神教ゆえに起こるんだ。

N:あれ? 信長は多神教じゃなかったのですか? 

私:信長はモダンボーイで、宗教感覚は現代人と同じなんだ。

N:というよりも現代人の多神教無神論かもしれません……。

私:そもそも日本は神道の国だ。そこに仏教を習合して「神仏習合」になる。そして儒教道教も習合して「天道思想」となる。信長はそれにさらにキリスト教を習合する。それが「信長教」だ。

N:なるほど。多神教と呼ぶもよし。一神教と呼ぶもよしですね。

私:信長個人はモダンボーイで無神論多神教だ。そして政治家としては一神教だ。

N:政治家としてキリシタンですね。

私:信長はモダンボーイで、パンツまで履いたかもしれない。祖父はふんどし、祖母は腰巻きだったのにね。祖父母は昭和50年代(1975)まで生きていた。

 

●古九谷を追う 加賀は信長・利休の理想郷であったのか(幻冬舎)抜粋