「古九谷」はファインアート
私:金沢に「国立工芸館」ができた。東京国立近代美術館の分館である東京国立近代美術工芸館が東京から移転したもの。この
N:「古九谷」はありますか?
私:ない。「古九谷」は「近代」ではない。
N:そもそも「工芸」とは?
私:工芸とはクラフトだ。工芸品は道具(クラフト)であって、美術品(アート)ではない。
N:美術工芸品という言い方もありますね。
私:日本が豊かになり、欧米に追いつき、道具にも「美」を見出す余裕が生まれた。そのとき「美術工芸品」という言い方が生まれ、「古九谷」もそのとき再発見されたのだ。
N:「古九谷」はアート? クラフト?
私:アートだな。ところで大正期に民芸運動があった。「用の美」を提唱して、日常品(手仕事)の美に柳宗悦が光を当てた。しかし「古九谷」はこの系譜ではない。
N:「古九谷」は何の美ですか?
私:ファインアート。純粋芸術だ。芸術作品を日常生活で使おうとする気風が前田にはある。
N:加賀ではねこまでが「古九谷」で食べているといわれますものね。
私:しかし鷹峰の「古九谷」は、つまり、光悦や宗達は人間の心の底からの表現の喜びが唱いかけてきている。上手下手とか、売るとか、「用(使う)」とか、そういう気持ちが一切拭われているので、作品に感動がうまれているのだ。
●古九谷を追う 加賀は信長・利休の理想郷であったのか(幻冬舎)抜粋