2020-11-28 大聖寺藩の「親戚説」 「古九谷」の技術が流入する 新古九谷論 私:さて今度の話は作蔵君もアッと驚くだろうな。大聖寺藩はあの「大石内蔵助」をリクルートしていたんだ。 N:え! 私:大聖寺藩の親戚を語ろう。まず石川県九谷焼美術館提唱の「親戚説」から。初代佐賀藩主鍋島勝茂の長女は市姫で、米沢藩主上杉定勝に嫁ぎ、徳姫(長女)、虎姫(次女)、亀姫(3女)をもうける。長女が利治(初代大聖寺藩主)、3女が利明(2代大聖寺藩主)に嫁ぐ。そして次女は2代佐賀藩主鍋島光茂に嫁ぐ。これが「古九谷」の技術が伊万里(鍋島藩)から九谷(大聖寺藩)に流入する定説の親戚説ですね。では他の親戚説は? 古九谷を追う 加賀は信長・利休の理想郷であったのか(幻冬舎)抜粋