(9)古九谷の中に信長をみた
N:先生、もう少しだけ「古九谷の中に信長をみた」を語ってもらえませんか?
私:作蔵君、金沢はお茶会が盛んで、長年、和菓子の消費額で全国一位なのは知っているよね。利家の頃から、京から多くの茶人を招いたからで、利常にいたっては裏千家始祖の千仙叟を召し抱えたほどなんだ。そもそも信長・利休・前田三代の魂が宿る「古九谷」に価値を与え、生き残らせたのは、京から来た少数の目利きの茶人だったからな。
N:通学路(小松高校)には、仙叟屋敷・玄庵(茶室)がありました。
私:「古九谷」の生地(鼠生地)には歪みがあるだろ? まるで粗悪品かと見紛うくらいで、しかし、一方の伊万里の生地は雪のように白くて美しい。絵柄は鮮やかで繊細で、まあ、なんにせよ、伊万里は整っているわけよ。
N:それならば九谷はなぜ歪んだ……。
私:そこだよ、作蔵君。「古九谷」はバサラなんだよ。歪んだ生地に堂々と絵付けをする。現代で言えば、「魯山人」風で、つまり、美の本質のみをとことんまで追求すれば、生地がどうの、色にかすれがあるうんぬんなんてことはどうでもよいことで、全体として、統合された美があるのか? 「古九谷」作家も茶人もそこを追求したのだ。バサラゆえの大胆不敵さ、荒々しさ。それがまさしく利常の陣羽織だ。透き通る透明感のガラス質の……。
N:あれ? 「桜」(桜花散文・県美)が信長・利休の「古九谷」の最終到達地点で、フェルメールとの比較もありましたが……、しかし、「桜」には透明感はありませんし、むしろ北陸の薄暗いお天気を反映したどす黒い……。
私:あ! なるほどね。作蔵君は、「桜」に納得していないんだね。だから「古九谷の中に信長をみた」のさらなる説明を求めているんだね。
- 古九谷を追う 加賀は信長・利休の理想郷であったのか(幻冬舎)抜粋