(4)利休は、信長同様、キリスト教を選んだ
N:でもお茶(抹茶)はもともとは仏教の世界の話でしょう? どうして仏教じゃなくてキリスト教に話が飛ぶのでしょう?
私:最澄や空海のときは固形の茶(団茶)だった。栄西(臨済宗)のときに抹茶が伝わる。道元(曹洞宗)のときに茶礼が制定される。しかし茶の歴史をどれだけ語ろうが、利休は仏教を範としなかった。
N:なぜ?
私:そもそもが茶碗は茶の碗だ。あの天目茶碗でも、茶を入れ、湯を注ぎ、かき混ぜて飲んだ。しかも高位の仏僧は仏舎利(釈迦の遺灰)に見立てて茶を飲んだ。
N:仏舎利!?
私:聖なる気持ち、聖なる儀式は東西変わらない。
N:では利休は、なぜ、仏教を範としなかったのでしょうか?
私:仏教では戦国の世は終わらぬ。キリスト教でなければ戦国の世は平和にならぬ。利休はそれに気づいたのだ。だから利休が範を求めたのはキリスト教とイエス・キリストだったのだ。
- 古九谷を追う 加賀は信長・利休の理想郷であったのか(幻冬舎)抜粋